ふぉ〜ゆ〜の宝を愛でるブログ

胸の中のアクセルを踏み込んで

救いのなさに包括された現実の肯定

2019年夏。
ふぉ~ゆ~主演舞台SHOW BOY。この作品にわたしの心の中にあるすごく大事なものを預けた。

ふぉ~ゆ~が主演舞台に立たせてもらえるようになって今年で5年目。
毎年2作品ずつコンスタントに舞台に立つふぉ~ゆ~を丸4年見てきたけど、今回のSHOW BOYの勢いは特別すごかった。
昨年、年中無休!でふぉ~ゆ~と初めてご一緒したウォーリー木下さんが、ふぉ~ゆ~のために、ふぉ~ゆ~の代表作になってほしいと作ってくれたオムニバス形式のミュージカル。
4人それぞれがメインの話が4話と、全員が一堂に会した1話の5話形式になってる。

・裏方(福田悠太)
キャバレー経営をしている家族に生まれた元トップダンサー。両親が亡くなって支配人になった姉とキャバレーの切り盛りをするため、裏方の仕事をしている
・ギャンブラー(越岡裕貴)
おじいちゃんの山を勝手に売ったが事業は失敗、10年ずっと借金を返し続けてる。明日が妹の誕生日で結婚式だけど勘当の身で出られないからカジノで一発当てて人生変えようとして失敗。全財産をスったところで大金を持った少女と出会う
・中国マフィア(松崎祐介
銃の取引のために豪華客船に乗船。取引相手に扮した潜入捜査官から逃げて船内を爆走。子煩悩で本当は家族に言えない仕事ではなく、人を楽しませる仕事がしたいと思っている
・見習いマジシャン(辰巳雄大
有名なマジシャンの下で10年間見習いを続けるも、嘘がつくのが下手で緊張しいのため芽が出ない。年に一度の審査に失敗して船を降りることになる。鳩(ピーター)が懐き、少女やエンジェルにも慕われる、頼りないけど素直ないいやつ。情緒がアレ

・支配人(神田沙也加)
裏方の姉。キャバレー経営の一家に生まれたけど何もできない劣等感を抱えていたが、ヘアメイクの仕事に就いて自分にもできることがあるという喜びを知る。そんな折に両親が亡くなり支配人を継ぐ。今はまた何もできない劣等感を抱えつつ、SHOW Must Go Onを信念として奮闘
・エンジェル(樋口日奈
酒癖が悪いショーガール。真ん中に立ちたいという夢は持っているが、現実の厳しさにぶつかり夢を諦め普通に生きるか迷っている。もう辞めてやる!とショーをサボるつもりでバーで飲んだくれているところで見習いマジシャンと出会う
・主演ダンサー(秋山大河)
エンジェルへの愛が重めなショーの主演ダンサー。元ダンサーの裏方とは先輩後輩の関係で、ダンスの才能は自分より上で表舞台への夢を捨てられない裏方を炊きつけたいと思っている
・少女(笠井日向・久家心
見習いマジシャンを慕うマジシャンの娘。見習いマジシャンを最後に何とかステージに立たせたいと奔走。カジノでギャンブラーと出会う

オムニバス形式を舞台でやるということ、それを見せられるだけの舞台の切り替えや映像の技術、そして舞台機構。
もちろん、アンサンブルの方々もこれでもかと早替えして出てくれる。
華やかでほろっとして、大笑いして、音を楽しんで。
松崎くんがスタイルの良さを遺憾なく発揮した女装はすごく見栄えがした。かわいくはないけど、ショーとしては100,000,000点の見た目だった。
シアタークリエが狭く感じた。初日に入ったシアタークリエ20列。すごく近かった。近すぎるくらいに近く感じた。
この作品は、帝国劇場でも見られる華やかで大きいエンターテインメントだと、そう直感した。

ふぉ~ゆ~ファンとして見たわたしの所感としては、どうしても初日の前日にジャニーさんが亡くなったことを考慮に入れずにこの作品を見られなかった。
事務所の王道路線にいたとは言えない彼らだから、年末年始の帝国劇場のジャニーズ総出演的なのには入らず、PLAYZONEが終わってしまってここ4-5年は彼ら自身の主演舞台とEndless SHOCKを中心に活動してきた。ジャニーさんの関与する作品への出演はEndless SHOCKだけだった。
正直推してもらったとは言い難い、でも、それでも彼らがこの仕事を続けてくれている、始めるきっかけになったのはジャニーさんに見つけてもらったから。わたしはわがままなファンだからどうしても「でも最近は全然推してくれないじゃないか!」って不満を抱いたりしてしまうところがあったけど、彼ら自身にとってはジャニーさんは本当に偉大な父なんだなと思った初日だった。
彼らはまったく悲しい素振りを見せなかった。座長としてカンパニーをまとめ、完全なプロフェッショナルとして板の上に立っていた。表舞台の世界に生きる自分を生み出した父を喪ったその次の日に、笑顔で舞台に立っていた。
Show Must Go Onを題材にした作品で、ここまでShow Must Go Onを体現できるのかというくらい、軽やかに踊り、演じ、歌っていた。それを汲んで、客席からは初日、全員が初見のその場で、信じられないくらいの手拍子でこれでもかというくらいに舞台が盛り上がった。割れんばかりの拍手が彼らに送られた。
カーテンコールに立つ彼らは、「ジャニーさんも見てくれてるかな」「ショーボーイ、YOUたちしょぼいよ!って言ってるかもしれない」「なんでYOUたちがぼくの話してるんだよ、最悪だよって言うよね」と天を指さして笑っていた。確かにそこに、ジャニーさんがいるように笑っていた。それを見て、あぁまだ彼らの中でジャニーさんは死んでないんだと思った。
わたしはジャニーズの華やかなショーの世界が大好きだから、ショービジネスを題材にした華やかで楽しくて笑って観られるこのSHOW BOYという作品をジャニーさんにも見てもらいたかった。本当に観てもらいたかった。今までの彼らの作品の中でも1番、ジャニーさんが好きそうな作品だと思った。
初日、カンパニー全員で踊るシーンに、キャストの感情がものすごく乗っているように感じて、魂を削ってステージに立っている、笑顔で本当に楽しそうに踊っている彼らを見ていて、楽しくて笑いながら泣いた。
もしかしたらジャニーさんのことがなかったら、このシーンでこんなに心が動かなかったかもしれない。

ふぉ~ゆ~がLINE公式アカウントを作り、LINE LIVEのレギュラー配信が始まって、本当に今まさに何かしらの変化が起こっている。
30代のアイドルだけど遅すぎない、人生は変えられるってことを身をもって教えてくれるふぉ~ゆ~って、閉塞感のある時代に閉塞感を否定せずにむしろ閉塞の中にありながら自分の生きる道を見つけようともがく、今の時代のアイドルだなぁと思っていて。
この作品、勧善懲悪でもなければハッピーエンドでもなくて、ある意味では刹那的な作品だった。ショーの幕が下りるまでは板の上では少なくとも仲間だよって主演ダンサーの台詞が象徴的。
裏方はこの日は裏方を支配人に任せて自分が主演ダンサーに返り咲きしたけど、これからずっとそういうわけにもいかないだろうし。(主演ダンサーが支配人にゾッコンだったからチェンジで裏方やってくれそうな気もするけど)
ギャンブラーも結局ミサキちゃんが持ってたお金はもらえないし(警察の潜入捜査用の金だから当然)、有り金全部ギャンブルにつぎ込んじゃって結局妹の結婚式に出られたかどうかはわからない。とりあえず見習いマジシャンをステージに立たせることには成功して、「今ならなんでもできる気がする」ってステージに立った彼は「人生は変えられる」って少女に証明できたのかな。
マフィアは自分の夢だった「人を喜ばせる仕事」ができてすごく楽しそうだったけど、結局罪を償わないといけない。ただ、最初に「銃刀法違反だけでしょっぴくか」って話になってたから、違法取引じゃなくて銃刀法違反の罪にしか問われないのかな?
見習いマジシャンだけは船に残れることになって、師匠から合格ももらってた。ちょっと今後の見通しは明るそう。
誰の人生にも明確な答えは出ていないけど、ショーは大盛況で楽しくてみんなで踊って歌って無事に幕が下りた!という話。

白黒つけよう、悪いものは悪い。悪いとみなされたものは徹底的にたたいて、「善良な」わたしたちとは違う、異質なものと認定される。
その「悪」は世論とか空気とかいう曖昧なものが作っていて、次の標的はなにか、いつ自分が標的になるのかと心休まらない、その緊迫感から、標的が見つかるたびに「自分じゃなくてよかった」という安心感や自分はその標的とは違うという気持ちから叩く。
そういう閉塞感のある世界にあって、答えを出さないこと、ダメな人はダメなままかもしれない、でもみんな全力で生きている。「幕が下りるまではみんな仲間」だ。
これをこんなにスマートに説教臭くなく楽しく明るい形で提示できるなんて、まさに「There is No Business, Like SHOW Business」だと思った。

Show Must Go Onという言葉。Endless SHOCKではコウイチが憑りつかれたように「何があってもショーは続けなければならない」と繰り返すこの言葉。SHOCKの場合の「ショー」は観客がいる板の上のショーで、コウイチはショーを止めないということだけを見て突き進むエンターテイナー。光一くんがSHOW BOYを見てどう思ったのかが気になる。感想が聞きたい。
SHOW BOYでは、ディーバの代役が見つからない、ディーバの代役(じゃないけど)の中国マフィアが逃げたとき、何かピンチに陥るたびに支配人が「Show Must Go On」と唱える。印象的だったのは、10年目の審査で失敗してクビを宣告されて船を降りることになった見習いに、支配人が「深呼吸して、手2回。やってみ」と伝えるところ。深呼吸して手2回。支配人がピンチになって「Show Must Go On」と念じるときにいつもやるルーティーン。
クビになって夢に破れて、船を降りなきゃいけない。でも彼の人生はこれからも続く。Show Must Go On。
エンジェルは、ショーガールを続けるかで悩んで、「船を降りて普通の人生を送る」と言う。それに見習いが「もったいないよ!」って言うと「このまま続けて、何もなかったら、そっちの方がもったいないかもよ」と返す。その言葉が強すぎるから情緒がアレな見習いが派手に号泣して笑いに変えてたけど、それでもガツンと響いてしまって普通に泣いた。
ジャニーズを辞めていく人、それ以外にもスポーツや音楽、芸術、囲碁や将棋、研究者の世界でも、すごい頑張って頑張って、それでも最後に「普通の生活を送ろう」と選択した人ってたくさんいると思う。ふぉ~ゆ~が今まで20年以上、「もったいない」という気持ちを捨てずに続けてきてくれたことが、奇跡だと思った。
中国マフィアが潜入捜査官から逃げてマジシャンの控室に駆け込んで、通訳から自首を勧められるとき、「捕まるわけにはいかない」って慌ててドラァグクイーンみたいな衣装を着る。そこで通訳に「家族がいるならこんな仕事しちゃダメでしょ」「俺だって家族に言えない仕事をしたいわけじゃない、人を喜ばせる仕事がしたいとずっと思ってたんだ」って返す。ここ、彼は自分がしたい仕事じゃなくて、生きるためにマフィアをやってるのかな、と思った。ここまで極端じゃなくても、自分がしたい仕事じゃない仕事に就いている人っていると思う。というか、そういう人の方が多いんじゃないかと思う。だから、自分を顧みてすごく苦しくなる台詞だった。
自分がしたい仕事ってなんだろう、好きなもの・やりたいことを仕事にできる人ってどれくらいいるんだろう。仕事に興味があること、好きだということと好きなことを仕事にしているっていうのは似て非なるものだと思う。
仕事として続けていれば好きになる、興味が出てくるというのはあると思うけど、もともと自分の中から湧き出てくる好きという感情。その対象に関わることを仕事にできる。そういう人ってどれくらいいるんだろうな。
少なくともわたしは、今やってる仕事、仕事だから興味はあるし嫌いじゃないけど、自発的に生じた好きという感情で就こうと思って就いている仕事じゃないかもしれないな、と思った。だからといって今すぐ辞めるとかそういう話ではないけれど。

SHOW BOYに「さぁ全てを懸けてこの瞬間を生きよう」という歌詞があった。すごくいい歌詞だなぁと思っていたけれど多幸感に包まれすぎて頭ぽわぽわで輪郭がボケてしまっていたんだけど、福ちゃんが東京、シアタークリエでの千穐楽のカーテンコールですごく強い言葉を発した。
「『さあ全てを懸けてこの瞬間を生きよう』って歌詞があります。いつもそう生きられたらいい、そう生きたいと思ってるけど、難しいこともあります。でも、僕たちはこの舞台の上ではそれができます。皆さんができないなら、僕たちが代わりに舞台の上で、全てを懸けて、この瞬間を生きます。それを見て、何か少しでも、普段の生活に戻ったときに何か1つでも、小さな何かが残ったらいいと思っています」(意訳)
サラリーマンが、全てを懸けてこの瞬間を生きることってすごく難しい。リスクを予測して、回避できるように次点の策を持っていないといけないから。100%何かに全力で懸けるって厳しいことがあるんだけど。だからこそ、舞台の上では100%で生きてるって宣言してくれる彼らを観て、そこに強さを感じて、羨ましく思って。
「もう一度あの日に戻るとしても同じ道選ぶだろう」って、そう思える選択を重ねていくことが、わたしの「全てを懸けてこの瞬間を生きる」の近似値なのかなと。具体的には、何かの作業を自分がすると決めて、その結果ものすごく忙しくなって苦しんでる時でも、あの決断をしたことは正しかった、やっぱり自分がするべき作業だった、と思えるとか。何かの提案をして、相手から否定されて悔しい思いをしているときにも、結果的に否定されたとしても提案をしたのは間違っていなかった、そう思えるとか。
嵐を通ってきたオタクだから、とっさに出てきたのがOh Yeah!だったのはご容赦願いたいんだけど、そういうことだと、それがわたしが我が身を顧みて出した結論だった。
福ちゃんの、普段めっちゃふざけてるくせにこういうときに発する言葉の力が強いところ、本当にズルいなと思ってる。心の奥から湧き出た言葉を、飾らずに率直に出せるところ。
「これを言ったらどう思われるだろう」とか「自分を少しでも良く見せたい」というような他人の目をいい意味で気にしない自我の強さって表現者に必要な資質だと思ってて。福田悠太の、人当たりのよさに隠れた自我の強さがにじみ出るところが大好きだ。

福ちゃんだけじゃない。
辰巳はいつだって熱い気持ちを言葉にして出してくれる。ファンってかなり熱狂的で、妄信的なところあると思うのに、そのファンが驚くくらい熱いことを言ってくれることがよくある。
こっしーは自由で、見ている人を置いていく。自分が気持ちいいダンスをして、自分が楽しく演じて、そこについて来れる人がついてくればいいよ、っていう表現者としての強さがあるように感じる。ただただダンスが好きで舞台に立つのが好きだからジャニーズにいるんだよっていう、無邪気さがあるのってこっしーな気がする。
松崎くんは、もうとんでもなく素直。言うまでもなく。小学生男子みたいな素直さ。逆にその危うさが怖くなるくらい、素直。
名古屋での第千穐楽の挨拶。「今回はジャニーさんのこともあって、特別な思いがあった」と言って、散々しゃべり倒したけどちょっと迷走気味で。「長々しゃべってごめんね、でもこうやって話してないと泣いちゃいそうなんです」って言った。そこで福ちゃんが松崎くんを泣かすべく、「マツがいないとだめだよ、マツは大切な存在だよ」って多分嘘ではないけどオーバーに泣かせに掛かったら、どんどん目に涙が溜まってきれいな涙がぽろっと。まさかそこで本当に泣くなんて、ってところで泣く。
自分の誕生日とかもそうだし、松崎くんについては愛を実感したり達成感を感じたりして自己肯定感が高まるとそれが涙になって溢れるのかなぁという気がしてる。
もちろん悔しくて流す涙とかもあるんだろうけど、それはわたしたちには見せない強い人だから。だから、わたしが見せてもらってる松崎くんの涙はすごく幸せな、綺麗なものばかりで。松崎くんは綺麗な感情を素直にそのままで発露することを、意識せずにできる人なんだろうなぁと思う。

ふぉ~ゆ~の表現者としての努力と才能、関わった人をファンにしてしまう求心力の強さ、タイミング、全てが合わさって、SHOW BOYはこんなにも力の強い作品になった。
彼らが、今までに聞いたことがないくらい何度も何度も、それこそカーテンコールのたびに言ってるのかというくらい、「再演を希望します」と発信してきた。自分たちの希望を、アピールを、そこまでしない昭和の「男は黙って」タイプのふぉ~ゆ~が、ここまで主張した。
それを見ていて、彼らの本気を感じた。本当に、この作品はふぉ~ゆ~の代表作になるんじゃないかと思った。初日のわたしが感じた、「これは帝国劇場で1ヶ月できる作品だ」という肌感覚、それに足りないのは知名度と発信力だけだと思う。
ふぉ~ゆ~に足りないのは、自分の実力を正確に(過小評価せずに)アピールする力だけだと思う。とにかく実力はある。作品の勢いもある。共演者の皆さんにも恵まれて、スタッフさんからも愛されている。
彼らの、この作品を、もっと大きい劇場で、再演してほしい。作品と劇場の大きさの相性ってあると思うけど、SHOW BOYは大きい劇場での上演に耐えられる作品だと思ってる。絶対に、この作品は大きくなる。大きい劇場で再演する。
彼らの、代表作になる。熱に浮かされたように、そう信じている。